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サン・ファン・バウティスタ

船名の由来復元船ができるまで復元船の中を見てみよう

復元船ができるまで

■慶長遣欧使節船の復元

 1990年、慶長遣欧使節ら郷土の先人の偉業を後世に伝えるため、使節のシンボルであるサン・ファン・バウティスタの復元に向けた県民運動が始まりました。きっかけとなったのは、地域活性化懇談会と文化の波・文化の風起こし懇談会の両懇談会から、復元への提言がなされたことです。

 はじめに、慶長遣欧使節船復元準備会が設立され、復元・利活用・資金の3専門部会が組織されました。続いて、限られた現存資料や16・17世紀のヨーロッパの船型等を解析したうえで設計図がつくられました。復元船は、基本方針「@木造船とする、A原則として原寸大とする、B石巻地域の造船所で建造する、C宮城県内の船大工を中心に建造する」に基づいて建造が進められました。復元船船体の建造費15億円のうち5億円は、宮城県民からの募金により集められたものです。

 そして、慶長遣欧使節団の月浦出帆380年にあたる1993年に、復元船サン・ファン・バウティスタは進水しました。

 この復元船は、県民共有の偉大な文化遺産であるとともに、宮城県民の国際性、先進性、そしてチャレンジ精神を世界に発信しています。

■復元船の構造

 復元船の船体は、キール(竜骨)に肋骨材110本を並べ、外板を張っています。船体の断面は丸みを帯びており、波の衝撃に強くなっています。キールは26.06mで、ベイマツの角材を使っています。肋骨材は宮城県志津川町(現南三陸町)産のマツ1000本を切り、2本の角材をボルトと釘で接合したものです。外板は、牡鹿半島のスギ1300本を伐採し、最大9センチ厚の板を蒸して曲げたものです。船全体で使う木材は2239立方m。約50坪の住宅64棟分に相当します。

 復元船は、船尾楼・船きょう楼甲板、上層の遮浪甲板、中層の上甲板、下層の船艙と5層構造(見れるのは4層)になっています。遮浪甲板前部には乗組員の食事の調理をおこなうかまどがあり、後部には船長の部屋や操舵室があります。上甲板は飛び上がると頭を打ちそうになるほど天井が低くなっています。上甲板には、いかりを上げたりするキャプスタン(手押し式巻き上げ機)が設けられています。上甲板の前部には、斜めに突き出したマスト、バウスプリットが固定されています。長さ28m、直径50〜80cmのベイマツを使っています。船艙は予備の帆、ロープ類、樽につめた食材や水などを積載してあります。また、船艙の底にはおもりを大量に詰め船を安定させています。また、船体の強度を高める工夫として、ケヤキの根曲材を天井と内板にわたって打ちつけてあります。

■マスト

 マスト3本のうち最も高いのが、中央のメインマストで、「貞山公治家記録」に、「帆柱十六間三尺、松ノ木ナリ」とあり、当時の一間を六尺五寸とすると、32.43mになります。材質がマツなのは、粘りがあり風に強いからです。
 メインマストは船艙のキールに固定します。復元船では上甲板の辺りが一番太く、直径90cmです。頂部からさらに、2本目のマスト、その上にフラッグポールを継ぎ、全体で48.80mになります。材料はベイマツを使っています。

復元船の主要項目


全長 55.35m
船体長 47.10m
垂線間長(長18間) 34.28m
竜骨長 26.06m
最大幅 11.25m
型幅(横5間半) 10.91m
深さ 4.55m
吃水 約3.80m
高さ 48.80m
メインマストの長さ
(帆柱16間3尺)
32.43m
フォアマスト
(高14間1尺5寸)
28.05m
ミズンマスト
(弥帆柱9間1尺5寸)
18.19m

※カッコ内の表記は、「伊達治家記録」による
※当時の仙台藩における1間は六尺五寸(約1.97m)

H4.3.26 中央部肋骨立揃 H4.4.17 起工式
H4.10.7 天皇・皇后両陛下ご視察 H5.5.22 進水式 大海原へ第一歩

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