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慶長遣欧使節とはOVERVIEW

サン・ファン・バウティスタイメージ

伊達政宗と慶長遣欧使節

慶長遣欧使節とは今から約400年前、仙台藩主伊達政宗が仙台領内でのキリスト教布教容認と引き換えにノビスパニア(メキシコ)との直接貿易を求めて、イスパニア(スペイン)国王およびローマ教皇のもとに派遣した外交使節です。
使節に選ばれた政宗の家臣支倉常長は、宣教師ルイス・ソテロとともに、仙台藩内で建造された洋式帆船「サン・ファン・バウティスタ」で太平洋を渡りました。常長はメキシコを経てスペインに至り国王フェリペ3世に謁見、さらにローマに入り教皇パウロ5世に拝謁しました。しかし、幕府のキリスト教弾圧などから目的を達することができず、7年後の1620年、仙台へと戻りました。

支倉常長(1571~1622) 写真/「支倉常長像」仙台市博物館所蔵

使節に支倉常長が選ばれたのはなぜ?

朝鮮出兵の際海外で過ごした経験や、鉄砲組・足軽組頭の経験から一行を統率する能力を評価されたという説があります。
また、一度実の父が罪を犯し、常長も仙台藩を追放されていますが、能力を惜しんだ政宗が名誉挽回の機会を与え、慶長使節の大使という大役を任されたとも言われています。
いずれにしても史料が失われているため、その真相はわかっていません。

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