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サン・ファン・バウティスタ航海図

1613年、支倉常長らを乗せた「サン・ファン・バウティスタ」は石巻・月浦を出帆し、太平洋を横断して当時ノビスパニア(メキシコ)のアカプルコに到着しました。ここから常長一行はノビスパニア内を移動してベラクルスへ向かい、スペイン艦隊に便乗して大西洋を渡りました。

スペインに上陸した一行はコリア・デル・リオ、セビリア、マドリードへと進み、国王フェリペ3世に拝謁した後、さらにローマへ向かいます。1615年、常長はローマ教皇パウロ5世と謁見し、宣教師派遣とノビスパニアとの通商を求めました。宣教師派遣は認められましたが、通商はスペイン国王の判断に委ねられ、実現しませんでした。

その後も常長は通商許可を粘り強く求めましたが成果は得れず、帰路につきます。再びノビスパニアに戻ったのち、サン・ファン・バウティスタでフィリピンのマニラへ向かいましたが、同船が現地で買収されたため別の船で長崎へ渡り、1620年に仙台へ帰着しました。帰国後は禁教令下で表舞台に立つことなく、1621年(または1622年)に病没したと伝えられています。

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